鳥取地方裁判所 昭和53年(ワ)201号 判決 1980年3月13日
原告
梶野せき
右訴訟代理人
松本光寿
被告
国
右代表者法務大臣
倉石忠雄
右指定代理人
守屋憲人
外三名
主文
一、被告は原告に対し金一四万五〇〇〇円及び内金四万五〇〇〇円に対する昭和五三年八月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 主文同旨。
2 仮執行宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1(一) 原告は、明治二九年一〇月一二日生れで、満七〇年に達したときから国民年金法(以下、単に「法」という。)八〇条二項所定の老齢福祉年金(以下、単に「年金」という。)を被告から受給している者、被告は法所定の国民年金事業を管掌している者、鳥取県知事(以下、単に「県知事」という。)は法八三条により年金の給付を受ける権利の裁定に関する事務等を行なう者である。
(二) 原告の昭和五二年五月から同五三年四月までの一年間の年金の受給額は一七万五五〇〇円(同五二年五月から同年七月までは月一万三五〇〇円、同年八月から同五三年四月までは月一万五〇〇〇円)の予定であつた。
(三) 原告は昭和五一年における所得が法七九条の二第六項、昭和五二年法律第四八号による改正前の法六六条一項所定の所得超過の状態にあつたため、右各規定により同五二年五月から同五三年四月までの間、年金の支給が停止されることになつていた。
(四) 法六六条一項は、昭和五二年五月二七日公布、同年八月一日施行された同年法律第四八号「国民年金法等の一部を改正する法律」(以下、単に「一部改正法」という。)一条一項により、右支給停止の期間をその年の八月から翌年の七月までとする(ただし、同一部改正法附則三条により同五二年七月以前の月分の支給の停止については、なお従前の例による。)旨改正された。
(五) 一部改正法附則三条の「昭和五二年七月以前の月分」とは「一部改正法の施行前の月分」と同義であり、結局右附則三条の趣旨は「一部改正法施行前の月分の年金の支給停止については、なお従前の例による」旨を注意的に定めたものであつて、支給停止については一部改正法の施行前は旧法が、同施行後は新法がそれぞれ適用されるのであり、本件支給停止の「始期」は旧法により、「終期」は新法によるという解釈を採り得る余地はない。法の一部改正は受給者らからのいわゆる「盆暮払い」の要望を実現するためのものであつて、支給期月が変更されたにとどまり、年間一二か月分の支給がなされることは従来と何ら変りはない。
(六) 県知事は、昭和五二年七月二〇日、法の規定を故意に無視して、あるいは重大な過失により前記法改正の趣旨を曲解して、原告に対する年金を同五二年五月分から同五三年七月分までの一五か月分について支給停止とする旨の処分(以下、「本件処分」という。)をした。
(七) 原告は、昭和五二年の所得は前記所得超過の状態ではなかつたので、前記停止期間の経過した同五三年五月から年金の現実の受給資格を有するにかかわらず、本件処分により同五三年五月から七月まで三か月分合計四万五〇〇〇円の年金受給権を奪われた。
(八) 本件処分による原告の四万五〇〇〇円の損害は、国の公権力の行使にあたる公務員たる県知事が故意または過失よりなした違法な行為に起因するものである。
2(一) 原告は、本件訴訟を鳥取県弁護士会所属弁護士松本光寿に委任したが、その弁護士費用は、着手金・成功報酬とも各五万円(合計一〇万円)の約である。
(二) 原告は、老齢でしかも法律的素養に欠けるので、やむなく本件訴訟を右弁護士に委任したものであり、原告の右弁護士費用の出捐は本件不法行為と相当因果関係にある損害である。
3 よつて、原告は被告に対し、違法に侵害された年金合計四万五〇〇〇円及びその支払日(郵政省令福祉年金支払規則三条により年金の支払開始期日は支払期月の一一日と定められている。)の後である昭和五三年八月一二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金ならびに弁護士費用の損害一〇万円の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)、(二)の各事実は認める。
2 同1の(三)の事実については、原告の昭和五一年における所得が法六六条一項所定の政令で定める額を超え所得超過の状態にあつたことは認め、その余は否認する。
3 同1の(四)の事実は認める。
4 同1の(五)の事実については、法の一部改正が受給者らからのいわゆる「盆暮払い」の要望を実現するためのものであつたことは認め、その余は争う。
5 同1の(六)の事実について、県知事が昭和五二年七月二〇日付で原告に対し、年金を同五二年五月分から同五三年七月分までの一五か月分について支給停止とする旨の本件処分をしたことは認め、その余の事実は否認する。
6 同1の(七)の事実について、原告の昭和五二年における所得が法六六条一項所定の政令で定める額を超えていなかつたことは認め、その余の事実は否認する。
7 同1の(八)の事実は否認する。
8 同2の(一)、(二)の各事実は否認する。
三、被告の主張―本件処分は適法である。
1 法八〇条二項に基づく年金は全額国庫負担でまかなわれていることから、これについては受給権者本人等の所得による支給停止(法六六条)の制度が設けられている。
2 右受給権者本人等の所得による支給停止の決定をするか否かは、毎年、その者の前半の所得額により定められるものであるが、その支給停止の期間は、一部改正法施行前においては、その年の五月から翌年の四月までとされていた(改正前の法六六条)。
3 年金の支払期月につき、受給者からいわゆる「盆暮払い」を実現してほしい旨の要望があつたので、国民年金法等の一部が改正され(前記昭和五二年法律第四八号)、右一部改正法は、同五二年八月一日に施行された(ただし、支払期月については同年一〇月一日施行)。
4 右一部改正法により、年金支払期日は、改正前の一月、五月及び九月から、四月、八月及び一二月に変更され、これに伴い、前記受給権者本人等の所得による支給停止の期間も八月から翌年の七月までとなつた(改正後の法六六条)。
5 所得による支給停止に関しては、昭和五二年八月から新体系に移行したが、その経過措置として、同年七月以前の月分の年金の支給停止については、「なお従前の例による」ものと定められた(一部改正法附則三条)。
6 その結果、昭和五二年五月から同年七月までは改正前の法が適用されて同五一年所得により年金の支給または支給停止が決まり、同五二年八月から翌五三年七月までは改正後の法が適用されて同じく同五一年所得により年金の支給または支給停止が決まることとなつた。
7 そのため、結果として、昭和五一年所得により、同五二年五月から同五三年七月までの一五か月分の年金の支給または支給停止がなされることとなつたのである。
8 県知事は、原告の前年の所得である昭和五一年所得が法六六条一項の規定による政令で定める額を超えていたため、同五二年八月から翌五三年七月までの一二か月分については改正後の法六六条により、同五二年五月から同年七月までの三か月分については一部改正法附則三条により、併せて年金の支給停止の決定をし、同五二年七月二〇日付で原告に通知した。
9 以上のとおり本件処分は法律の規定に基づく適法なものであり何ら違法性はない。仮に本件処分が違法であつたとしても、県知事には少なくとも本件処分をなすにつき故意・過失がない。
四、被告の主張に対する認否
1 被告の主張1ないし5の各事実は認める。
2 同6及び7は争う。
3 同8の事実のうち、原告の前年の所得である昭和五一年所得が法六六条一項の規定による政令で定める額を超過していたため、県知事が同五二年五月から同五三年七月までの計一五か月分につて年金の支給停止決定をし、同五二年七月二〇日付で原告に本件処分の通知をしたことは認める。
4 同9の事実は否認する。
第三、証拠<省略>
理由
一争いのない事実
請求原因1の(一)、(二)、(四)、被告の主張1ないし5の各事実、ならびに、原告の昭和五一年における所得が法六六条一項所定の政令で定める額を超え所得超過の状態にあつたこと、県知事が同五二年七月二〇日付で原告に対し年金を同五二年五月から翌五三年七月までの計一五か月分について支給停止とする旨の本件処分をし、その旨を通知したこと、原告の同五二年における所得が法六六条一項所定の政令で定める額を超えていなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二本件処分の適法性について
<証拠>によれば、一部改正法による法六八条の改正は、前記争いのない事実のとおり、年金受給権者からのいわゆる盆暮払いの強い要望にこたえて、年金の支払期日を従来の毎年一月、五月及び九月の三期から毎年四月、八月及び一二月の三期に改めたものであり、同じく法六六条一項の改正は、右の支払期月の変更に伴つて、支給停止の期間をその年の八月から翌年の七月までと改めたものであつて、支払期月及び支給停止期間に関する法改正の趣旨に右に述べたことに尽きるものであつたと認められる。してみれば、法六六条一項の改正は、年金支給の事務処理上の便宜から、変更された支払期月に支給停止の始期及び終期を対応させたにすぎないものと推定される。
ところで、法六六条一項による支給停止は、法改正の前後を通じて、始期及び終期が異なるのみで、その期間が一年間であることには変りがない。しかるに、昭和五一年に所得超過の状態にあつた者については、一部改正法附則三条の文言を、被告主張のように、同五二年五月から同年七月までの三か月分については「従前の例」すなわち改正前の規定によつて支給が停止され、同年八月一日一部改正法の施行後は改正後の法六六条一項の規定が適用されるためさらに同五三年七月まで支給が停止され、結局一五か月分の支給停止となるものと解するときは、当該受給権者は、法改正がなされなかつた場合に当然受くべかりし三か月分の年金を改正によつて喪失させられることとなり、また他の年に所得超過があつた者との間に不均衡を生ずるが、法改正の趣旨が前記のようなものであることに鑑みると、右のような不利益、不均衡を生ずることをやむをえないものとするような特段の公益的要請その他の合理的理由が存在するものとは認められないし、法改正がそのような結果を予定したものとも考えられない。およそ、法改正に関する規定の解釈は、改正の趣旨、目的に照らして合理的になされるべきであることはいうまでもなく、法改正の経過措置によつて一部の受給権者に実質的に不利益を与え不平等を生ずることとなるような解釈をとることはできるだけ避けるべきである。そして、一部改正法附則三条の規定は、昭和五一年の所得超過により一部改正法施行当時に支給停止期間が開始していた者については、改正により既往の月の支給停止の効力が左右されない旨を注意的に定めたものにすぎず、そのような者に対する支給停止の終期について改正後の法六六条一項の規定が適用されることを定めたものではないと解することは、文言上も不可能ではない。
したがつて、以上の見地に立つて考えるならば、昭和五一年における所得超過により改正前の法六六条一項の規定に基づき年金の支給が停止されていた者については、法改正にかかわらず、改正前の右規定により、同五二年五月から同五三年四月までの計一二か月分につき支給が停止されることに変りはなかつたものと解するのが相当であり、改正後の規定によりさらに同年五月から七月までの支給が停止される理由はなかつたというべきである。
そうすると、県知事が、被告主張のような解釈により、原告に対し昭和五二年五月から同五三年七月まで計一五か月分につき年金の支給を停止するものとした本件処分は、法律の解釈を誤つた違法なものというほかはない。
三被告の責任について
以上に判断したところによれば、原告は、本件処分により、同五三年五月から同年七月までの三か月分四万五〇〇〇円の年金受給権を喪失し、同額の損害を被つたものであり、右損害は年金の給付を受ける権利の裁定に関する事務等を行なう県知事が法律の解釈を誤り違法な本件処分をしたことに基づくものである。そして、法六六条一項及び一部改正法附則三条の規定については両様の解釈をする余地があるとはいえ、右事務の執行にあたる県知事としては、受給権者の権利をみだりに侵害することのないように、前記のような見地から右規定を解釈するならば、正当な判断に到達することは困難ではなかつたと考えられるので、違法な本件処分をしたことにつき過失があつたことは否定できないところというべきである。なお、<証拠>によれば、県知事の事務担当者らが本件の争点たる法律の解釈につき監督官庁たる社会保険年金保険部国民年金課に電話で問合せをし、被告主張のような解釈の回答を得たというのであるが、そのような事実があつたとしても、法の執行を適正にすべき県知事の責任が軽減されるものではないというべきである。したがつて、被告は原告に対し前記損害を賠償する責を免れない。
四弁護士費用について
原告が本件訴訟を鳥取県弁護士会所属弁護士松本光寿に委任したこと、本件訴訟において昭和五四年二月一五日から翌五五年一月一七日までの間計八回にわたつて口頭弁論が開かれ、同弁護士が右各期日に出頭して主張立証活動をしたことは、当裁判所に顕著な事実である。そして、原告は前記争いのない事実のとおりの老齢であり、本件訴訟は、法律解釈の争いを前提として行政処分の違法を理由に国家賠償を求めるものであるから、原告が本訴の提起追行を弁護士に委任したことは必要なことであつたと認められ、その弁護士費用として原告主張の着手金、成功報酬各五万円、合計一〇万円という額は、前記に述べた本件事案の内容、訴訟経過、認容額等に鑑み、相当な額といわなければならないから、原告はこれを本件違法行為と相当因果関係のある損害として被告にその賠償を求め得るものである。
五結論
以上の次第で、原告が被告に対し違法に侵害された年金相当額の損害四万五〇〇〇円及びこれに対するその支払日の翌日であることが<証拠>によつて認められる昭和五三年八月一二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金ならびに弁護士費用の損害一〇万円の各支払を求める本訴請求はすべて正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行宣言についてはこれを附するのが相当でないものと認めてその申立を却下することとし、主文のとおり判決する。
(野田宏 奥田孝 辻本利雄)